『留ハロ』の由来と目的―格安語学スクールで評判のフィリピン・セブ島の口コミ比較サイト


留ハロとは

フィリピンのお菓子・ハロハロ♪

1995年に発売されて以降、ミニストップの夏のスイーツの代名詞になっているハロハロ。「ハロハロ」とはタガログ語で「ごちゃまぜ」という意味で、元はフィリピンを代表するパフェ風スイーツなんです。

日本生まれ、フィリピン育ちのハロハロ

今から100年ほど前の明治~大正時代、貧しかった日本の多くの女性が売春婦として東南アジア各地に売られる時代が有りました。「からゆき(唐行き)さん」と呼ばれた彼女たちの中に、フィリピンで商売をしようと、みつ豆のような甘味を作って売りだした女性があり、それがハロハロの起源と言われています。
遠いフィリピンで強かに生きた日本の女性たちの営みが、100年経った今でも現地に根付いているのです。

ごちゃまぜ=ハロハロ化する世界

集合写真

「ごちゃまぜ」という意味のハロハロは、まさにこれからの世界の姿を表しています。 資本と人の移動の自由化が進み続け、海外に住む人は10年以上連続で増え続け、日本人の個人資産1,500兆円のうち600兆円が海外にあると言われています。

資本と人の移動の自由化が進むと、格差が広がります。企業は海外の企業と戦うために労働分配率を下げ、ほんの一握りを除く多くの人は、安い賃金で働く海外の人たちと仕事を奪い合わなければいけません。


彼らの中には多くの言語を操り、日本人の1/10の賃金で働き、高度なIT技術を有しているような優秀な人材がゴロゴロいます。日本語が話せるだけで特段技術が無くても仕事にありつけたなどと次の世代に言えば、「そんなノーテンキな時代があったのか」と鼻で笑われる日が来るのかもしれません。

海外でもう一度、ハロハロを作れるか

そういった世界で戦うとき、私達は武器を持っているのでしょうか。ハロハロのルーツを海外で根付かせた女性たちのように、海外でも価値のある、安い労働力には無い技術や情報を持っていなければ、これからを生き残ることは出来ません。

留ハロが目指すもの

旅行のイメージ

ごちゃまぜになり、フラットになる世界の一方で、日本に住む我々は希望や目標を見出しにくくなっています。行動経済成長期にあった国民共通の目標(車が欲しい!テレビが欲しい)はなくなり、近代成熟期にある現在「幸せの基準は人それぞれ」になっています。

それぞれで自分の幸せを見つけなければならない、非常に困難な時代を生きる我々にとって、「海外」というキーワードは、これまでの価値観をがらりと変え、目標を見つける機会として非常に身近にあるのでは無いでしょうか。


高いお金を払う必要が無く、老若男女問わず世界を体験出来るフィリピン留学は、語学を学ぶという目的を越えた、世界の手触りを感じ、自分だけの個別の希望を見出すための小さなきっかけになるのかもしれません。留学ハロハロ(留ハロ)が、そんなあなたの情報基盤になれば、という想いで運営しています。

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